時間があいてしまいましたが、前回予告したとおり、会話文やります。敬語表現です。
過去にやったのは以下の通りです。
・日本語と英語について
・UK版の感想など
・古語訳の試みその1
・古語訳の試みその2
当初は校長・教授・生徒の関係でやろうと思いましたが、
敬語表現だったらHouse Elf(ハウスエルフ)が適役かと思ったので、4巻から抜粋します。
4-p416
'You is not insulting my master, miss!'
(・・・中略・・・)
'Mr Crouch is right to sack bad Winky!'
→君、わが上なそしり申し給ひそ。(※1)
はしたなき我に暇(いとま)遣(や)らせ給ふこそ、げに賢(さか)しかるなれ。(※2)
■解説
まず敬語表現をやるときの前提として、
ここで喋っているHouse Elfがどういう地位にあるのかがわからないとお話になりませんので、そのあたりを一応書いておきます。
調べたら日本語版では「屋敷しもべ」と訳されているようですが、
文字通り魔法使いの家で働かされる下人・下僕のようなHouse Elfという生物が登場します。
この生物は働いている家の主人(日本ですと男性が多いですが、そうでない場合もあります)に忠誠を誓っています。
ですので、House Elfが最も尊敬の意を表すべきはその主(master / mistress)です。
ただし、House Elfはそもそも魔法使い(wizard / witch)よりも社会的な地位が低いという設定です。
ですので、身分は低い順に
House Elf → 一般の魔法使い → 主人たる魔法使い
となり、House Elfには自分より上の身分が二つあります。
House Elfにとって尊敬の度合いが違う身分があるわけです。
この両方に対して敬語を使うことになりますが、
最高位である主人を一番に敬わなくてはなりません。
さて、主人に対しても失礼にならないようにしつつ、
他の魔法使いにも敬意を表すにはどうしたらいいでしょうか。
英語には日本のような敬語表現はないので、
こういうことを踏まえて日本語にしてみます。
・You is not insulting my master, miss!
※youに対してisを使っていますが、これはHouse Elfがよく使う言い回しですのであまり気にしないでください。
※1:君、わが上なそしり申し給ひそ
まず単語の解説です。
上(うへ)は天皇の意味でも使いますが、
House Elfにしてみれば一番尊敬すべき人なので「上」を使いました。
missという言葉は日本語に該当するモノがありませんが、
尊敬の意味を込めて相手(女性)を呼ぶときに使います。
ところで、日本語では二人称の代名詞を使うことが少なく、
だいたい名前を直接呼ぶかあだ名で言うか、どちらかが多い気がします。
わざわざ「あなた」や「きみ」と使うと相手を敬っている感じがします。
婉曲に表現することで丁寧な印象を与える言語なのです。
他にも、源氏物語で大量に出てくる「ものす」という古語は現代語で言う「いらっしゃる」と同義で、
「行く」「来る」「(〜して)いる」「〜する」と色々な意味になります。
直接的な表現を使わないところが「奥ゆかしくてよい」という発想なのでしょう。
ですので、英語ではちょくちょくyouという代名詞が出てくるあたりが日本語とは全く違います。
逆になります。つまり、youと言えば済むところをMiss〜やMister〜と言うと丁寧です。
というわけで、ここでmissが使われているので英語でも丁寧な表現なのです。
「
これは「すみません」と訳されていました。
これが見知った友人のお父さんだったらきっと、
「おじさん、」と訳すところではないかと思います。
というわけで、このmissに対してここでは「君」を使いました。
現代の小説などで使われる場合、
男性が女性に呼びかけるときの代名詞であることが多いですが、
額田王の有名な歌、
あかねさす 紫野ゆき 標野(しめの)ゆき 野守は見ずや 君が袖ふる
では、女性が男性をさして「君」と言っています。
というわけで、古語ではあまり性別の区別無く使います。
insultは「〜を侮辱する」(他動詞)ですので「そしる」という動詞を使いましたが、「あさす(浅す)」でもだいたい同義です。
そしる、という語は現代語でも使うと思うのでわかると思います。
ところで、一語で言わなくても「〜を悪く言う」というように
副詞(形容詞の連用形)+動詞で表現してもいいと思います。
そうすると、多分こんな感じになります。
「かくあさましう申し給ひ」
「かく凄う申し給ひ」
あさまし:(見下してしまうほど)ひどい・(驚くほど)すばらしい
→両極端に使うので文脈から判断するしかないです。ココでは前者。
上記「あさす」と同じ語源でしょう、たぶん。
というわけで、insultだったら「あさましう申し」が当たらずといえども遠からず、と思います。
凄(す)し:(態度が)冷ややかだ・おそろしい
→現代語で同じ漢字をあてる「すさまじ」は、「直(すぐ)冷める」みたいな語源で、「興ざめしてしまう」みたいな意味です。
他にもこの場面で使えそうなのは
こちなし:無礼だ
とかでもいいかなぁと思います。
なお、「な〜そ」の係り結びで「〜してはならない」の意です。
目的語に「な」がついて、動詞の連用形に「そ」がつきます。
例えば有名な菅原道真の歌。
東風吹かば 匂ひ起こせよ梅の花 主なしとて春な忘れそ
※「春を忘るな」がオリジナルという話も聞きますが(日本史の授業でそう習った)、気にしない。
というわけで、本題の敬語表現に入ります。
「申し給ひ」=謙譲語「申す」+尊敬語「給ふ」です。
蛇足ですが、謙譲語と尊敬語の別をまず書いておきます。
知ってる人は飛ばしてください。
尊敬語は尊敬する相手の行動に対して使います。
→例)課長がおっしゃった。
→例)課長がいらっしゃる。
謙譲語は尊敬する相手でない人の行動に対して使います。
これは自分でも他人でも区別なく使います。
→例)(私が)課長に申し上げた。
→例)母がよろしくと申しておりました。
→例)月曜日に伺います。
※行動する主体がへりくだることによって、尊敬する相手を相対的に上へ持ち上げます。
イメージ的には、相手に下駄かハイヒールを履かせて自分よりも高い位置に持ち上げるのが尊敬語。
あるいは自分がかがんで相手より低い位置になるのが謙譲語という感じでしょうか。
では続けます。
House Elfは主人(master)に対して最も敬意を持っていますので、
当然他の魔法使いは主人よりも下の位に位置しています。
ですので、自分の主人が一番偉いことを表すのが先決です。
上記の通り、例え他人の行動であっても主人を敬う気持ちは同じですので、
「あなたは私の主人に申し上げる」わけです。
上の例ですと、「母がよろしく申しておりました」と相手に言うような感じです。
ところが、House Elfは目の前の相手よりも身分が低いわけです。
相手だけをへりくだらせるわけにはいきません。
というわけで、相手の魔法使いの行動「言う(申す)」には尊敬語を使います。
これで自分より目上の二人、しかも尊敬の度合いが違う二人へ義理が果たせたわけです。
また長くなったので記事を分けます。
次はちょっと変則的な敬語表現についてやります。
後編に続く。
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