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2011年08月16日

Harry Potterの考察「帰納と演繹―イギリス経験主義―と情」

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実にイギリス的なお話だと思う。
主人公を始め、全ての人たちの為人(ひととなり)は、その人々の経験を細かく描き、それを積み上げることで表現している。
フランシス・ベーコンからジョン・ロックへ脈々とつながったイギリス経験主義の集大成といったところ。

ロックの認識論によれば、われわれの心はいわば白紙(タブラ・ラーサ、羅:tabula rasa)として生得観念(innate ideas)を有していない。観念の起原はあくまでも経験であり、我々の側にあるのはせいぜいそれらを認識し、加工する能力だけである。そして、観念の起源は外的な感覚(sensation)と内的な反省(reflection)とに区分される。さらに、経験から得られたこれ以上分解できない単純観念からは複雑観念(様態・実態・関係)が複数の原子の結合から分子が作られるかのように形成され、我々の知識とは経験から得られた諸観念の結合と一致・不一致と背反であるとされた。
WikiPediaより


日本の場合はなんでも折衷してしまうので微妙なところだけれど、小さいものをチマチマ積み重ねて大きなものを造り上げる方が好まれるように思う。
またHarryが継子(のような状況)だということも日本人好みの話なのかもしれない。
映画館に年配の人がけっこういた(というか、10代20代が1人もいなかった。字幕版だから?)ということからも、年齢を問わず好かれる理由かなと思う。

ドイツの童話ミヒャエル・エンデの「果てしない物語」などは真逆だ。
名前がないがゆえに「虚無」が押し寄せてくる。
世界がなくなってしまう。
非常に観念的で大陸演繹的。

そのわかりづらさが日本人には今ひとつ受けない理由なのかも知れない。
一応「Never Ending Story」という映画になったけれど、ファルコンがダサかったことも手伝って、日本ではほとんど売れなかったような気がする。

翻ってHarry Potterはどうだろう。
世界的に売れたというのも事実だが、日本でこんなに人気が出るのは何故なのだろう。

もちろん、魔法という目に見える楽しさもあるだろうし、もっと適当なことを言ってしまえば魔法と言霊と重なったのかもしれない。
声に出した言葉が現実の事象に対して何らかの影響を与えると信じられ、良い言葉を発すると良い事が起こり、不吉な言葉を発すると凶事が起こるとされた。そのため、祝詞を奏上する時には絶対に誤読がないように注意された。結婚式などでの忌み言葉も言霊の思想に基づくものである。
WikiPediaより

そういう文化の素地があるからこそ、禁断の3呪文を敢えて口に出すことに恐怖を感じるのではないかと思うのだ。

とはいえ、結局のところはやっぱり「情」なのかなぁと思う。
Harry Potter全巻を通した大きなテーマとして"Love"があるけれども、この"Love"こそ、日本語でしっくりくるのは「情」だと思う。
いわば「仮名手本忠臣蔵」や「勧進帳」的な、「情」に訴えかけるお話が、やっぱり好きなのかなぁと思う。
Harryに情をかけたLily、Lilyに情をかけたSnape、Snapeに情をかけたDumbledore、映画の最終章では完全に「情が種明かし」だった。

ただ、話の結末からすると以前にも書いたとおり、血を流した市民革命的なものをあまり経験していない日本という国では描けないだろうなぁという話。
イギリスも歴史的には二枚舌政策だとか色々あるのだろうけれど、自分たちの国を守るぜって覚悟は全然違うのかもしれないなと思った。

殆ど調べ物もせず書いているので本当に適当ですみません。

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